『老驥千里を思う』(ろうきせんりをおもう)という言葉は

まるで耳にしない言葉ですね。



それでも意味を予想してみると

老馬は千里を思うだけで走らない、または
老人はこれまでの経験から深いところまで考えられる

もしくは、
千里が果てしなく長い距離というイメージから
年をとってから千里のように長い人生を振り返る、思い返す

のような意味になってきそうですが。

スポンサードリンク


『老驥千里を思う』の意味


『老驥千里を思う』(ろうきせんりをおもう)の意味は

名馬は年をとってうまやに繋がれっぱなしになっても
なお千里を走ろうとする気持ちを失わない。
英雄、豪傑が年老いても志を高く持って
覇気に衰えのないことをいう


といった意味のようです。


『老驥』は
1.年老いた駿馬
2.年老いた豪傑
『うまや』は
馬小屋。馬を飼っておく小屋
『覇気』は
物事に積極的に取り組もうとする意気込み

といった意味になります。



なるほど、予想していた意味とだいぶ食い違っていましたが

「老驥」というのは年をとった名馬のことを表現していたんですね。



年をとっても中身までは変わらない

生きてきた意気込み、精神力は名馬のまま

ということを表しているようですね。

スポンサードリンク


『老驥千里を思う』の類義語

老境
老年
老いらく
老残
耄碌
老化
年波

『老い』の慣用句

老いの一徹
老いの繰り言
老いを養う
愚に返る
春秋高し
鶴は千年亀は万年
年は争えない
年寄りの冷や水
日暮れて道遠し
焼きが回る

『老い』のことわざ

老いたる馬は路を忘れず
老いては子に従え
老いては益益壮なるべし
麒麟も老いぬれば駑馬に劣る
昔の剣今の菜刀
老驥千里を思う

関連コンテンツ



スポンサードリンク