『井の中の蛙大海を知らず』(いのなかのかわずたいかいをしらず)
という言葉は

小さな世界でだけ活動しているので
視野が狭く周りが見えていない

というようなイメージがあります。



色々な世界があるのにそのほとんどを知らない

というときに使われそうな言葉ですが。



『井の中の蛙大海を知らず』の読み方は
いのなかのかわずたいかいをしらず)と読みます。

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『井の中の蛙大海を知らず』の意味


『井の中の蛙大海を知らず』の意味は

自分の狭い知識や考えにとらわれて
広い世界も知らず得意になっている様子をいう


といった意味のようです。



『得意』は
1.自分の思いどおりになって満足していること
2.誇らしげなこと

といった意味になります。



知識を知らないだけではなく
知らないがために自信も持ってしまっている

といった意味になってくるようですね。



それだと
「学ぶ必要はない」
と思ってしまうでしょうし

自分を過大評価してしまっている

ということは
それ以降成長が乏しくなりそうなので

やはり危険な状態ですよね。



特にこれからの時代は

今ある知識が5年後には15パーセント程度しか使われない

とも考えられているようなので

やはり
絶えず色々な知識を学んでいかなければいけない

ような気がします。



このように
知らないことで余計に視野が狭くなってしまう
ということにならないためにも

幅広く知識を日頃から拾うように努力していきたいですね。

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『井の中の蛙大海を知らず』の例文や使い方


例文としては
「やはり日本だけでなく海外も見ておかないと井の中の蛙大海を知らずになりそうだ」
「地元から離れたことがない人は少し井の中の蛙大海を知らずのような気がする」
「転職したことがないというのがかえって井の中の蛙大海を知らずにしてしまう」

といった
「狭い世界で得意になっている」
「世間知らずで誇らしげである」
の代わりのような使い方が良さそうです。

『井の中の蛙大海を知らず』の由来


『井の中の蛙大海を知らず』の由来は

荘子,秋水篇」(そうし,しゅうすいへん)

という
『荘子』のいう中国の思想家
の書物からきたようで

井の中の蛙と海のことを語ることができないのは、
虚(くぼみ)のことしか知らないからである。
夏の虫と氷のことを語ることができないのは、
もっぱら夏の時季のものだからである。
曲士(心のよこしまな人、あることに秀でる人とも)と
「道」の事を語ることができないのは、
ある教条にとらわれているからである。


といった言葉からきたようです。



『荘子』は紀元前369年頃生まれ

中国は当時戦国時代で宋国だったころなので

約2300年ほど前の中国からの言葉のようですね。



『井の中の蛙大海を知らず』の意味を知ると

自分の過去を見返しても心当たりがある

という人が多いと思いますが

『荘子』がいる時代から

このような考えや思考が既にあった

ということが予想できます。



この言葉に限ったことではないですが

昔の人物で文明も違うとはいっても

同じ人間で同じ考えを持ってたんだ

という気がしますね。

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『井の中の蛙大海を知らず』の類義語

悟る
弁える
心得る
飲み込む
察する
見て取る
窺う
見抜く
見透かす
掴む
通じる
与り知る
存じる
承知
熟知
知悉
通暁
精通

『知る』の慣用句

一を聞いて十を知る
推して知るべし
温故知新
造詣が深い

『知る』のことわざ

井の中の蛙大海を知らず
知らぬが仏
汝自らを知れ

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